(前日記『S君へ。②』からお読みください)
12歳の2月。合格発表の日。
「全力でやったんだから、大丈夫」という母をあとに、先生は掲示板のもとへ向かいました。
厳しい寒さの中、受験番号を握りしめた手と鼻先を真っ赤にして掲示板を見上げました。
200、203、まだ先だ。210、212、217。
受験番号、216。
…あれ、どうして。見間違えかもしれない。でも何度見返しても、先生の受験番号216は無いのです。頭が真っ白になり、手足が震えてきました。できると思ったのに。あんなに沢山勉強したのに。ああ、あの時と同じだ。聞こえるはずのない鉛筆を滑らす音、頭の中で何度も再生される、母の「大丈夫」の声。唯一あの時と違うのは、2度もその言葉を裏切ってしまったという絶望感。
合格した生徒と保護者らの歓声の中、先生は立ち尽くし、気が遠のいていきました。Nバッグがやけに重くて、それは、幾度となく解いた、付箋だらけのボロボロになったテキストを入れていたせいでしょうか。先生が3年かけて積み上げた大きな自信は、もう、跡形もありませんでした。
2010年2月1日。その日先生は、第一志望校の正門で、3度目の挫折をしました。
結局、先生は第二志望校へ入学しました。採寸したブカブカのセーラー服が家に届き、それを見た両親から「第一志望の制服だったらなぁ」と言われました。心から喜んでいない何よりの証拠でした。
親の期待に一度も応えられなかったという事実を思い返し、先生の中で、ぷつんと糸が切れた音がしました。それから先生は勉強をしなくなりました。
放課後は横浜まで遊びに繰り出し、スカートを短くするだのメイクのコツだの彼氏を探すだの、そんなことばかりに熱中しました。学校内ではもちろん浮いていました。教師からもクラスメイトからも避けられ、家に帰っても「出来の悪い子はうちにいらない」と見放され、聖光学院へ通っている兄と比べられては嫌味を言われていました。そのうち自室に引きこもるようになり、不登校になって、ゲームに明け暮れました。4度目の挫折でした。でも先生の心は、4回以上割れていたような気がします。
(次日記『S君へ。④』へ続きます。)