「このキーホルダー、かわいいね」
「アザラシかな?」
「ねえねえ、お揃いにしようよ。」
「うん!じゃあこれ買おう。来週のテスト、一緒に頑張ろうね」
「年号の語呂合わせ、一緒に覚えよう」
【教え子、S君へ】
S君。卒業式を終えて、この春から君は中学生ですね。制服はもう自宅に届きましたか?大きく採寸してあるブカブカの制服を、君は来月から毎日、袖丈が短くなる日まで着るのです。
口頭では伝えきれないだろうから、先生はS君にお手紙を書きます。これは先生の痛みと絶望と、底に差した光の独白です。
先生は小学四年生の時、日能研に入塾しました。あの青いNバッグで有名な、中学受験専門塾です。
「受験」という言葉の意味すら知らないまま、両親からは「一番上のクラスに入らないと意味がない」と言われ、4教科4冊の学習ドリルを毎日やらされました。
迎えた入塾テストの日。「あれだけ勉強したから、大丈夫」という母からの言葉を胸に、当時9歳の先生は満を持してテストに臨みました。
結果は、一番下のクラスでした。
ドリルとは桁違いに難しい問題、数式、文章。周りから聞こえる鉛筆を滑らす音。圧倒的な難易度と緊張感を前に、先生は1問目から頭が真っ白になり、焦り、手足が震え、解答用紙はほとんど白紙のまま試験は終わりました。
もうだめだ、怒られてしまう、どうしよう。そんなことばかり考えて家に帰りました。結果を見せた時の両親の顔は、見ることができませんでした。
「大丈夫」。そう言われて、できると思ったのに。たくさん勉強したのに。先生の、4冊分の小さな自信は、いともたやすく崩れ去りました。もうすぐ10歳の誕生日。この日が先生にとって、人生で初めての挫折でした。
(次日記『S君へ。②』に続きます)