名古屋・栄・納屋橋エリアの回春性感風俗エステのいま流行りの風俗エステと海外風俗初体験物語

女性求人はこちら

男性求人はこちら

女性求人はこちら

男性求人はこちら

いま流行りの風俗エステと海外風俗初体験物語

2019.03.12

初めての海外風俗で体験したヤバイ出来事

これからお話しするのは私がギリシャのアテネという都市でのリアルな風俗体験の実話です。

日本での風俗遊びといえば、ソープランドからヘルス、エステまでとにかく多種多様。

本番なしというお国柄からそれ以外での楽しみ方を模索した結果、

現在のようなスタイルとなったのではないでしょうか。

当然私も若いころは安いピンサロ系で回数を重ねていましたが、最近は「回春」や「性感」と

名の付くお店にばかり目が行くようになりました。

年を重ねると、「攻め」が煩わしくなっていくのですね。今では「受け」専門です。ハイ

 

ところがアテネ・・・

それまでヨーロッパのイメージといえば風俗店が軒を連ねた一大風俗街が形成されていると思っていました。

しかし実際に話を聞くと、全くそんなことはなく市内に数店舗、置屋と呼ばれるヤリ小屋があるのみだという。

もちろん知らないだけで他に立派な風俗街があるかもしれませんが、

当時私が行った場所は確かにそんな感じでした。

特に調べていませんので気になる方はネットで検索してみてください。

 

さて19時なのに太陽がサンサンと照り付けるなか(なぜ?)、

友人の背中だけを見ながら古ぼけた街並みを闊歩していくと

こんなところに風俗店があるとは思えない場所になぜか裸電球のぶら下がった一軒の家を発見!

友人いわくこの裸電球が目印なんだとか・・・

赤々とともった派手なネオンに大きな看板、日本で見るおなじみの風俗店とは全く違うたたずまい。

周り見渡しても最近日本で評判の回春マッサージやヘルスなどあるわけもなく

「場所が違えばこうも違うのか」となぜか武者震いをしたのを覚えている。

正直言って友人が扉をあけるまでの数秒間、様々なことが脳裏をよぎった。

「料金は? 衛生面は? 内容は?」正直言って武者震いどころかビビっていた。

さて中に入ると薄暗い狭い小部屋になぜか真っ赤な照明(裸電球に赤いセロファンを巻いただけ)

50歳くらいのおばちゃんが何か言いながら寄ってきた。友人も私もギリシャ語?はわからない。

とりあえず日本人であることと、遊びに来たことを何とか伝えると、奥の部屋へ案内された。

(この時点で友人とは別行動になったのは言うまでもない)

そこにはお世辞にも若いとは言えない色っぽい女性がいたのだが、この時点でこの後起こるのであろう

すべての事に対しNOと言えない自分がそこにいた。

会話が成り立たないのでどうしようもない。というかもう一度いうがかなりビビっていた。

そしてこの後、未曽有の体験が私を襲うのだが・・・

その話をする前になぜ私がギリシャにいるのかを話しておきましょう。


2004年、アテネでオリンピックが行われた年

そう、いきなり体操男子団体が金メダルを取った大会です。覚えている人はほとんど30歳以上の人でしょうね。

じつは私、ある仕事の関係で当時現場にいたんです。

金メダルを取った瞬間も間近で見ていました。今でもあの感動は鮮明に覚えています。

オリンピックが行われたアテネはご存知のとおりオリンピック発祥の地です。

現地にいた2週間、その昔オリンピアが戦っていたパルテノン神殿をはじめアテネ市内には

数多くの遺跡があり、暇を見つけては見学に勤しんでいたのを覚えています。

当時のアテネは白夜の時期、仕事が終わって夕食となってもまだ陽が高い。

22時の時点で日本の16時(夏季)ぐらい。湿度が低いので蒸し暑さはないけど、

22時であの明るさと暑さによって時間の感覚がすっかり狂ってしまいました。

だからでしょうか?そのとき何を食べてのか全く覚えていないんです。

唯一覚えているのが地ビール(名前は忘れました)。

勧められて飲んだのですがとにかくまずかった・・・

そのあとハイネケンに切り替えたのは言うまでもありません。

お店の主人が全く英語が話せないので、身振り手振りで注文。

ビールも”ビア”が通じない? キンキンビアプリーズ!の連呼でやっと通じたものの

”キンキンビア”は英語だと思われていました。

まあ冷えたビールの事をキンキンビアというのは日本人だけなのであながち間違ってはいないが・・・

そんなアテネでちょっとした気の迷いから風俗遊びをしようと盛り上がり酔っていた勢いもあって

参加することになったのだが、

翌日実際に参加したのは、アテネに来て初日に遊んだ強者の友人と私の2人だけ。

あとから聞いた話だと、相当ヤバイといううわさが日本人の間であったらしい。

そして当日アテナのスラム街と言ってもいいくらいの古い街並みをのどをからしながら進んでいくと

一軒の全くそれっぽくない家に到着したのであった。

 

いきなりフェラ・すべてはそこからはじまった

薄暗い部屋の中、ばっちりメイクの女性とご対面。なぜか笑顔なし。いきなり股間に手が伸びてきた。

緊張と不安ですっかりおとなしくなった愚息をあっという間に引っ張り出し、

ごあいさつ代わりと言わんばかりに・・・

シャワーもない。おしぼりもない。まさに青天の霹靂である。しかしそのテクニックは絶品だった。

あれほどおとなしかった愚息が一瞬で立派な青年へと成長したのである。

そこで終わりかと思ったら、なかなか離してくれない。「これはヤバイ!」もしこのまま爆発してしまったら。

さっさと追い出されるのではないか?こらえるのに必死だった。

なんとかあいさつ?が終わりかけたころにはすっかり服が脱がされていた。

自分から脱いだ記憶がない。脱がされたんです。

診察台のようなベッドに寝かされたと思った次の瞬間!

生のまま合体!・・・もうなすがままとはこのことです。

気持ちよさの反面様々なことが脳裏をよぎりました。病気 家族 言い訳・・・

もちろん相手はプロ。そのまま爆発してもいいような対策はしているでしょう。

しかし私にはこのひと時を楽しむ余裕がない。

そもそもこのお遊び、いったいいくらなんだ?値段聞いてないぞ?

サイフの中身は大丈夫か? 怖いお兄さんが隣の部屋から出てこないのか?

全然楽しくない!!!!

でも体は正直なもの、こんな状況でもフィニッシュを迎えることができるものなんですね。

ところが相手は何枚も上手でした。私の状態を見極めると、すぐ手コキに移行。

ほどなくフィニッシュとなったのですが、その動作に無駄がない。

知らない間にハンドフィニッシュとなっていたんです。そのあとさっさと女性は出て行ってしまいました。

シャワーがないので、特に後処理もなく自分で服を着ていると、初めにあったおばさんが登場。

いわれるがままにユーロでお支払い。

何ユーロか忘れましたが日本円で17000円くらいだったと記憶しています。

高いのか安いのかよくわかりませんが、高級店にでも行かない限りこれくらいが相場なんだとか。

違法ですが日本でこんなサービスがあったらもっと高いでしょうね。ただサービスの面ではいかがなものか。

やるだけやったら終わり。う~んですよね。

やはり日本で育ったわたしには、癒しやもてなし、アフターフォローなどが当たり前と思っていますからね。

でもあれから15年たった今でも鮮明に覚えているんですから海外での風俗経験の中でも

相当印象深かったんでしょうね。

以上2004年オリンピック開催中のアテネにおける貴重な風俗体験記でした。

 

コチラの記事がいいなと思ったらスター(いいね!)しよう
いいね! 0


そんな時はこちら

「納屋橋待ち合わせ型」 「名古屋栄ホテル自宅出張デリバリーエステ型」